日記・コラム・つぶやき

ベトナムの旗について

Have you ever seen the former South Vietnam's flag?

君は旧南ベトナム旗を見たか?

中国・胡錦濤国家主席 (Chinese President Hu Jintao) の来日ニュースの映像の中で、聖火リレーの時と同様、チベット支持派が掲げるチベット旗と共に旧南ベトナム旗が見えました(驚きで鳥肌が立ちました)。10年以上前ベトナムでのNPOボランティア活動時には、その旗は見たことがありませんでした(ベトナム国内あちこちで掲げられていたのは、すべて現在のベトナム国旗)。その後、アメリカの大学留学時のChristmas party(ベトナム人移民の子供の学生、米軍退役軍人の人たち等が参加)では、米国旗と共に旧南ベトナム旗がホール一杯にずらっと掲げられていました(ネットによると、バージニア州のショッピングモールにも掲揚されているようです)。現在のベトナム国旗と旧南ベトナム旗の両方を見ると、未だに複雑な気持ちになります・・・。

私が知り合ったベトナム人の人たちは、ベトナムでもアメリカでも皆いい人ばかりでした。旗は時としてその民族や国のアイデンティティーを象徴的に表すものではありますが、掲げる旗は違っても一人一人話をすると同じ普通の人間同士ということがよくあります。中国への個人旅行時にも、多くのやさしい親切な中国人の人たちと出会いました(上海~昆明~大理で)。私にとっては、そういった人たちとの出会いは、一生の思い出ですね。

*なお、アメリカに移住したベトナム難民の中には中国系の人も多かったようです。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

今月の教室情報(2008年2月)

1.新受講内容について 

 今月より論田教室でもClass 1-5(一般の方-高校生レベル)は新受講内容を適用させて頂きます。なお、津田教室ではClass 1-6(一般の方―中学生レベル)にて1月から実施しております。皆様の受講時間確保の為、何卒ご理解賜りますよう宜しくお願い申し上げます。なお、来月からは新受講内容を津田・論田両教室で全面実施させて頂きます(詳しくは新聞折込広告でもご案内致します)。今後とも皆様の学習に貢献できるよう知恵を絞り、頑張ってまいりたいと思いますので宜しくお願い申し上げます。

2.中学生(中1~3)全国進学模試・小学生(小1~6)学力診断テストのご案内

実施日時:

通常のレッスン時間内または空き時間内(随時受け付けておりますので、ご希望の方は随時ご連絡下さい。

実施場所:

MEE+マルショウ 論田教室・津田教室

実施教科:

中学生5教科(英数国理社)または3教科(英数国)

小学3~6年 4教科(国算理社)または2教科(国算)

小学1・2年生 2教科(国算)

3.春休み・夏休み海外語学研修+ホームステイについて 

 当教室では、JTB地球倶楽部主催の海外語学研修+ホームステイのプログラムをご紹介しております(滞在先:アメリカ・イギリス・カナダ・オーストラリア・中国・韓国・マルタなど)。ご関心のある方はご遠慮なくお知らせ下さい(小中高大学生、社会人、シニアの方対象)。海外での体験は、生涯忘れることのない貴重な経験となることでしょう。

4.2月・3月の休講日について

2月11日(月) 建国記念の日

3月20日(木) 春分の日

 上記祝日の振替は随時受け付けております(振替レッスン実施日は、休まれた月から2年間の範囲内)。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

今月の教室情報(2007年12月)

英検2007年度合格 準1級1名・2級1名・3級1名
Congratulations on your success! You can get to higher levels!

1.振替受講について

 12月より、振替受講は月当たりお一人様2回とさせて頂きます。また、振替レッスンの実施日はお休みした月から2年以内と致します。これは、皆様に出来る限り休まず受講して頂ければと思い実施するものです。なお、通常レッスンのお休みならびに振替依頼は、これまで通り通常レッスンの開始時間までにお願い致します。

2. 出席ポイントについて

 12月より100ポイント達成毎の特典及び各回の出席ポイントを下記の通り変更させて頂きます。

100ポイント達成毎の特典

a. 追加受講2回分(達成月の翌月から2年以内に通常レッスンに加え、2回分追加して受講)

b. 追加受講1回分+ご受講料1カ月分10%オフ(達成月の翌月)

c. 振替受講2回分(達成月の翌月から2年以内に通常の振替回数に加え、2回分追加して振替)

d. 振替受講1回分+ご受講料1カ月分10%オフ(達成月の翌月)

e. ご受講料1カ月分20%オフ(達成月の翌月)

f. テキスト進呈+ご受講料1カ月分10%オフ(達成月の翌月)

g. 記念品進呈(ステイショナリー等)+ご受講料1カ月分10%オフ(達成月の翌月)

☆各回の出席ポイント

 上記の変更に伴い、1回の出席ポイントは12月から2ポイントとさせて頂きます。ご理解賜ります様宜しくお願い申し上げます。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

This month's column (October, 2007) 今月のコラム(2007年10月)

Why do people encourage and praise someone else?

One way to improve students’ abilities is to encourage them to get good achievements. There is no doubt that this method surely bears fruit. Likewise, encouragement to employees in any offices or working places is indispensable when the presidents or the managers are expecting them to work hard and get good outcomes. Parents are often supportive of their children and are pleased with their kids’ good grades at school. They praise their offspring from the bottom of their hearts. A kind of praise culture is quite common these days.

So, why is it so common? What kind of effect are we expecting by encouraging and praising others? I just guess when people say that someone else is special, phenomenal or valued, they accept that person and really appreciate him/her unless that encouragement or kudos is superficial. As well, when you say to other people, You did a good job. or Well done,you may feel you yourself did a good job to let others get remarkable attainments. In other words, you may have confidence in yourself when you encourage and praise someone around you. When you scold or reprimand other persons, you may be feeling that you are short of the ability to give them good results. Of course, if you cheer your students or employees too much and too often, you all will be narcissistic. After all, some sort of frame of mind is needed when you encourage and praise whoever you know.

| | コメント (0) | トラックバック (0)

マラッカ海峡周辺-船旅の記憶(マレーシア・インドネシア編)

Img052_2 

 

 

 

 上の写真はマレーシア・マラッカ(Melaka/Malacca)のセント・ポール教会です(教科書に出てくるフランシスコ・ザビエルも滞在していたとの事)。観光客がたくさん訪れていました(約9年前)。

Img047 

 

 

 

 セント・ポールの丘から見たマラッカ海峡の景色です。近代的な建物と赤道直下の灼熱の太陽が印象に残りました。マレーシアやシンガポールへは、今では修学旅行で多くの高校生が訪れているようです。若いうちに海外を訪問し、友人を作ったり、見聞を広げておくことはとてもよいことだと思います。

Img045 私はと言えば、オーストラリアでケアンズ~エアーズロックをバスで回った後、帰りにマレーシアに寄った訳ですが、マラッカ海峡対岸のインドネシア・スマトラ島に行ければと思い、連絡船(高速船タイプ)に乗り込みました。左の写真はマラッカ海峡の海上からマレーシア側を撮ったものです。
 船は対岸のスマトラ島・ドゥマイまで航行すると思っていたのですが、何と海上で別の船に乗り換えることとなりました。船内の乗客は皆席を立って出口に向かっていたので、私も続くことにしました。もう一方の船にもたくさん乗客が乗っており、2艘の船を横づけにした後、タラップのようなものを両船に掛け皆移動を始めました。

Img046  海上でフェリーを乗り換えるのはもちろん初めての経験でしたし、しかも国境を越えるとあって、タラップを渡る際は海に落ちないか冷や冷やしながら渡った記憶があります(他の乗客は皆慣れた様子でしたが)。乗り換えた船はどうやらインドネシア側から来た船のようでした。これで無事インドネシアに行けそうだなと心の中で喜んでいると、船の中で入国審査が始まりました。詳細は割愛しますが、暫し待った後無事入国が許可されました(待っている間、船は既にマラッカ海峡の海上の国境と思われる地点からインドネシア・ドゥマイに向かっていましたが)。

Img053  スマトラ島のドゥマイ到着後、夜行バスに乗り、インド洋側のパダン(Padang)に向かいました(バスで一晩中流れていたインド音楽がいまでも耳に残っています)。
 写真はパダンの博物館の外観です。パダンでは、何といってもこの槍を思わせるような屋根に目を奪われました。街にはあちこちに写真のような屋根があり、パダンの伝統の重みを感じさせます(槍のような屋根は水牛をイメージしたもののようです)。また料理(特に肉料理)も豪快さがあり、できれば一生のうち、もう一度訪れて食べてみたいと思ったりします。
 スマトラ島は度重なる地震と津波で大きな被害を受けたようです。お世話になった人々の無事を祈ってやみません。

Img051  

 

 

 

 上の写真は、パダンに近い海岸に行く途中に撮影したものです(海中で何か採掘をしているようでした)。パダン市内で偶然通りかかった学校の前で、英語の先生と出会い、何と海岸まで車で送ってくれました。パダン近郊の風景は、どこか日本の海岸線と似ているような感がありました。

PS スマトラ島南部のバレンバンでは、先日アジアカップで日本代表が韓国と対戦したようです。結果は残念なものでしたが、また次回に期待したいものです。
 今日は台風5号の通過に伴い、ここ徳島でも外は大雨となっています。しかしながら、今回は九州方面通過の為、風雨の強さは前回の4号の時の方が強かった様に思います。なお、当地徳島で行われているバスケットボールの北京オリンピック・アジア予選で、日本代表は残念ながら出場権を得られなかったとのこと。スポーツの世界ではなかなかアジアで勝つのは困難ですね。

 次回は、アメリカ編をお送りしたいと思います。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

東シナ海航路-船旅の記憶(大阪-上海編)

Img0382




 

 上の写真は今から12年前の上海・外灘(ワイタンまたはバンド)の様子です。上海へは大阪南港から蘇州号に乗っていきました(船中2泊)。船中では、日本人の他新疆ウイグル自治区に帰る中国人やヨーロッパ系の人たちと出会いました。
 船は大阪出港後、まず紀伊水道を通り徳島・高知沖を航行し、その後宮崎・鹿児島沖を回り、東シナ海に入ります。船が大陸に近づくにつれ水深が浅くなり、また波も穏やかになります。
 圧巻は、船が揚子江(長江)を上り、上海へ向かう支流黄浦江に入ってから見えてくる光景でしょう。黄浦江ではたくさんの小船が行き交い、川の両岸には船倉や工場群また新旧のビル群が見えます。そんな中を蘇州号はゆっくりと港に向け進んで行きます。その光景は今でも鮮明に覚えています。急速な経済発展を続けつつも、一部の中国の人々は昔ながらの生活を営んでいるように思えました(当方上海到着後列車とバスで雲南省昆明・大理まで足を延ばしました)。ぜひまた機会があれば、蘇州号に乗船し中国を訪れてみたいものです。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

メコン川・ニャチャン周辺-船旅の記憶(ベトナム編2)

Img030 船が船着場に近づいてきました。船中の乗船客はそれぞれ荷物を持ったり、バイクのエンジンをかけたりして、降りる準備をします。
 NPOボランティア滞在中、新潟のテレビ局の方々が取材に来られました。目的は新潟の一般の人々が支援した小学校の改築現場の取材をすることでした(当時地面が土の教室が多くありました)。当方と現地スタッフがTVクルーの人たちを2つの小学校に案内しました。道中は舗装されていない道路も多く、暑さも相まって大変な取材だったと思いますが、クルーの方は熱心にカメラを回されていました。私たちも日本も皆さんに見てもらえるのならと思い、校長先生などの協力を得て、無事予定していた2校の訪問を実施しました(1校では小学生が歌で出迎えてくれました)。
 今回の新潟中越沖地震で罹災された方々に対し、お見舞い申し上げますとともに、少額ではありますが、教室から新潟共同募金会宛寄付をさせて頂きます。当方個人的に新潟の方々の善意に感謝しております。

Img037  鬱蒼と茂るニッパヤシ。メコンデルタ地域では、ニッパヤシの葉は屋根用に使われていました。家の中は幾分涼気を感じさせ、また毎日のように降るスコールにも対処できるようです。
 ドイモイ以降、経済発展の続くベトナム。最近では日本でも衣料や文具がベトナム製であることも珍しくなくなってきました。経済発展とともにニッパヤシの屋根の家もコンクリートの家に変わっていくのでしょうか?

Img032  船が運河で方向転換しています。メコンデルタ地帯は三角州がいくつにも分かれ、陸路より船で行った方が早い地域がありました(船でしか行けないところもありました)。


Img033  NPOスタッフの人の話によると、メコンデルタの運河や道路はフランス統治時代やベトナム戦争時米軍によって造られたものも多いとのことでした。その遺産をベトナムの人々はうまく活用していました。

Img034  左は中部の町ニャチャンの海岸です。ここでも子供たちの遊びはサッカーでした(奥に見える建設中のビルとサッカーをする子供たちが象徴的でした)。ニャチャンでは舗装された道路でも盛んにサッカーをしていました。月曜日の日本対ベトナムの試合は、日本の完勝でしたが、ベトナムもよく頑張ったと思います。今後は東アジアで日本や韓国と肩を並べるまでになるかもしれません。

Img035  ニャチャンは古都フエにも近い、眺めのいい港町でした。リゾート地としても発展していました。


 今後はしばらく中国・マレーシア・インドネシアとアジアの船旅をご紹介したいと思います。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

メコン川周辺-船旅の記憶(ベトナム編1)

Img008_2 Img009Img007_1 Img006

 

 

 

 

 上記の写真は、今から11年前のベトナム・メコン川河口の島々を結ぶ船から撮った写真です。メコン川河口は広大なジャングル地帯(マングローブやニッパヤシなど自生)が広がっており、当時河口の島々を結ぶ交通手段は小型のフェリーしかありませんでした。所要時間は、10分~20分程度。船内は、徒歩の人、自転車、バイク、車と皆さんそれぞれでした。デッキに出ると、河岸の熱帯雨林や川の上下流がよく見え、気持ちよかったですね。

 昨日、サッカー日本代表が、ハノイで対UAE戦を戦っていましたが、あんな大きなスタジアムができていたとは・・・。改めてベトナムの発展ぶりには驚かされます。

 当時、私は2ヶ月程度、日本のNGO(NPO)のボランティアとして滞在しましたが、その合間にジャングルを切り開いたサッカー場で、現地の子達とサッカーをしたことを懐かしく思い出します。サッカー場といっても、地面はどろどろ雑草だらけで、私を含めみんな裸足でプレーし、ゴールは両端に木を2本立てただけでした。それでも、みんなサッカーが大好きで、私も楽しくプレーしました。

 大人の人もサッカーが好きなようで、ベトナムコーヒーを飲むような小さなカフェでは皆テレビのEuro Cupに夢中でした。そのベトナムが今度日本と対戦するまで力をつけるとは・・・。ベトナム人の勤勉さと熱心さには今更ながら驚嘆せざるを得ません。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

北海航路-船旅の記憶(イギリス-ベルギー編)

Img026Img027





 

 

 写真は1997年イギリスのキングストン・アポン・ハル(Kingston upon Hull)からベルギー・ズィーブルージー(Zeebrugge)まで乗った船の写真です(Norsea Ferry)。北海(the North Sea)を渡ったのですが、船は思ったほど揺れませんでした(夜ハルを出港し翌朝ズィーブルージー着)。船の中では、定期フェリーなのにバンドが生演奏していました(なんともイギリス的)。
 船の規模は、徳島-東京・北九州を結ぶオーシャン東九フェリー(乗り場は教室近く)や、学生時代バイトをした福井・敦賀-北海道・小樽間の新日本海フェリーと同程度だったように思います(10,000-20,000トン程度)。
 ズィーブルージーはヨーロッパ有数の自動車積出港だそうです。着いた時も船から無数の並べられた車が見えました(残念ながら写真なし)。ベルギー到着後は、列車でブリュッセル経由ドイツのケルン・ベルリンに向かいました(中央ヨーロッパ・平原部に位置するベルリンは、3月でも非常に寒かった記憶があります)。なお、乗換えのブリュッセル駅では、キオスクのような売店で店員(女性)に英語で"Hello, How much is this?"などと話しかけると、フランス語で返されました(当時ベルギーのフランス語圏の人々もフランス語に誇りを持っているんだなと感じました)。でも値段は教えてくれたので、英語もできたのでしょう。
 数年前にバルト海沿岸のエストニアにも行きましたが、船には乗ってないので写真はまた別の機会にアップしたいと思います。エストニア・タリンから対岸のフィンランド・ヘルシンキへは高速船が出ていて、乗ってみたかったのですが時間がなく断念しました。
 次回はアジアに戻り、ベトナム編をお送りします(アジアカップ開催中!)。 

| | コメント (0) | トラックバック (0)

英検2次試験のポイント3

3 英会話には部分点のマル(O)がたくさんある
 今回は、面接時の英文の表現について述べたいと思います。よく、中学校や高校の筆記テストでは、短文の和訳や英作文は全部合っていないと全てピン(間違い)の場合があります。例えば、"He felt hungry." の和訳が「彼はおなかが空いたと感じている。」や「彼女はおなかが空いた」では全て間違い(部分点なし)の場合が多いようです。また「彼はおなかが空いたと感じた。」の英作文は、"He feels hungry." "She felt hungry."ではすべて間違い(X)の場合がほとんどでしょう。中高生の場合、その影響からか英会話の場合も一字一句間違ってはいけないと思い、なかなか言葉が出てこない場合があるようです。面接での留意点は、質問に対しまったく黙ってしまうよりは、少々間違っても部分点のマルはあると考え、思い切って言葉にすることでしょう。
 私は英米滞在中にふいに時間や道を聞かれたことがあります(皆さんも経験があるかもしれません)。例えば、イギリスのdouble decker bus(2階建てバス)の空いた2Fで、ティーンエイジャーのグループの一人が、バスの走行中私のところまでわざわざ来て、"What's the time?"と聞いてきました。そして"Half past three."などど時間を言ってあげると席に戻っていきました。またLake District(湖水地方)を歩いていると、向こうから小学生の集団がダダダーと走ってきて、"What's the time?"とたずねてきました。時間を教えてあげると、"Thanks."などと言って走り去っていきました。なぜわざわざ時間を聞きに来たのか、当初は不思議に思いましたが、みんな外国人とコミュニケーションを取ることに興味があり、また面白さを感じているのでしょう。
 アメリカでは、道を歩いていると、ガソリンスタンド(セルフ)の前でガソリンの入れ方を聞かれたり、信号を待っていると車を降りて道を尋ねてくる人などがいました。また日本でも駅や店で外国人と目が合うと道を聞かれたりする場合があります(皆さんもあることでしょう)。そのような場合、とっさに会話することは重要な場合があります。そのような意味からも、英検の2次試験でとっさに一言言える様にしておくのはよいことだと思います。
 なお、1級の2次試験では、一字一句正確に述べる必要性があり、間違うと減点対象になると思いますので注意して下さい。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

ジブラルタル海峡周辺-旅の記憶(ポルトガル編)

 

 今回はポルトガル編ですが、ポルトガルへはモロッコからの帰りにスペイン経由列車で行きました。

Img012_1

 左はスペイン・マラガ(Malaga)のアルカサバ(要塞跡)です。





Img023_1

 そして、左の写真はポルトガル・リスボン(Lisboa/Lisbon)のサン・ジョルジェ城(城跡)です。アルカサバもサン・ジョルジェ城も外壁の石垣が見事で歴史の重みを感じさせます。サン・ジョルジェ城はリスボン市内の小高い山の上にあり、少し徳島城跡とダブって見えるようなところがありました。




Img025  サン・ジョルジェ城から見たリスボン市内(テージョ川・4月25日橋方面)です。




Img021_1  港に停泊していた帆船です。往時を偲ばせます。ヴァスコ・ダ・ガマもこのリスボン港から出航したのでしょう。


Img020_2 外壁に 水が自由に使える水道口が並んでいました(向こうで子供たちが水を飲んでいます)。







Img003

 ロカ岬(Cape de Roca)の石碑です(カモンイスの「ここに地終わり、海始まる」の詩が刻まれています)。

 徳島でポルトガルといえば、その晩年を徳島で過ごしたモラエス(元神戸総領事・作家)ということになるのですが、彼が日本に初めて来たのは100年以上も前のこと。

 日本~ポルトガル間の人の往来は、16世紀~19世紀の間は、ポルトガル人の日本来航が多かったでしょうが、20世紀以降は日本人のポルトガル渡航が多いのではないでしょうか。

 私がロカ岬からの帰りのバスを待っている間も日本人観光客を乗せたバスが来ていました。そして、何とツアコンの方に「よかったら、乗っていきませんか」と声を掛けられたので、お言葉に甘えツアーバスに乗せてもらって、近隣のカスカイスまで戻りました(バスの中で日本人旅行客と談笑)。路線バスは確か1時間程度待たないといけなかったので助かりました。今でも感謝しています。

Img024  ロカ岬はヨーロッパ大陸・ユーラシア大陸最西端。なだらかな丘陵地帯にあり、何となく以前行った北海道の襟裳岬と少し似たようなところがあったことを覚えています。



Img022_1  リスボン~ロカ岬間のリゾート地カスカイス(Cascais)です。リスボン~カスカイス間は列車があります(カスカイス~ロカ岬間はバス)。まさに風光明媚な大西洋岸の港町でした。


 

 次回は北海(The North Sea)・バルト海(The Baltic Sea)周辺の旅をお送りします。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

英検2次試験のポイント2

 今回は、面接(interview)の間の注意点を挙げてみたいと思います。

2.面接中の注意点(3級~1級)

 3級から2級ぐらいを受験する中高生にはよくあることなのですが、カードの英文を読むとき、抑揚があまりなく、息継ぎをあまりせず間(ま)を置かない読み方をする生徒が多くいます。国語の本読みの場合と少し似ているかもしれませんが、できる限り抑揚(intonation)をつけ、息継ぎを意味のまとまりごとにすると、非常に聞きやすい読み方になります。

 なお、ここで言う抑揚(イントネーション)は、アクセントとは少し異なり、声の上げ下げを主に意味し、謂わば訛りみたいなものです(日本語でも、関東・関西・中四国・九州・東北等訛りがたくさんある様に)。英語でイントネーションを変えるのは、大変な場合がありますが、若い10代ぐらいまでは、結構たやすいようです。中高生は是非2次試験の前にチェックしてみて下さい(英語圏の国々でもイギリス南部と北部、アメリカ東部、西部、南部、またオーストラリア間では、少し聞いただけでも感覚的にかなり違いがありますよね)。

 また、面接中はできる限り面接官の顔を見ることが大切かと思います。日本人同士では、特に学校の先生や年上の人に対しては、顔を真正面に向け直視することはやや失礼に当たるかもしれません。ただ、英語での会話では、先生や年上の人に対してでも、しっかりと相手の顔を見る必要があります。それが、相手には誠実あるいは真面目な態度と取られます(よく相手の目を見るようにと言われていますが、あまり目に注目しすぎるのもどうかと思います)。

 1級の2次試験を受ける方は、上記の様な事は当然の如く知っていることでしょう。2次試験合格のポイントは、端的に言えば、1.自分の意見(your own opinion)を持つこと 2.批判的な視点(critical view)を持つこと、ではないでしょうか。日本語での面接では、両者ともそれが強すぎれば、相手からは好感はあまり持たれないでしょう。どちらかと言えば、相手との共通点を見出し、一体感や親近感を共有することがより大事なように思います。英語の面接では、そのような点も大事ですが、いい意味で自分独自の視点を持つことはより重要でしょう。

 以上、面接試験に臨まれる方のご参考になれば幸いです。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

ジブラルタル海峡周辺-船旅の記憶(モロッコ編)

Img017  先程NHKでモロッコ・マラケシュの番組(タイトル:探検ロマン世界遺産)をしていたので、ブログをアップすることにしました。左の写真はタンジェールの絨毯販売店の屋上から見た海です(どちらかといえば、ジブラルタル海峡から大西洋方面だったと思います)。なお、絨毯販売店には、英語を勉強しているというガイドの若者に連れられて行ったのですが、高額のため買うのはやめました。でも出されたミントティーはおいしかったです。

 モロッコではアラビア語の他、外国語としては英語も通じますが、フランス語のほうがまだよく通じるようでした(かつて保護領であった影響でしょうか)。



Img015  タンジェールはなかなかエキゾティックな港町でした。スペイン・アルへシラスからのフェリーを降りると、そこはまさに別世界といって過言はないと思います。それまでのヨーロッパ世界からアラブ世界へ、わずか2時間30分あまりの船旅でこれほど大きく生活文化が変わる地域は珍しいのではないでしょうか。


Img018  マラケシュへ向かう列車から見た夜明けです(アトラス山脈方面だと思います)。夜中にタンジェールを出て、翌朝着きました。列車のコンパートメントでは、モロッコ人のおばあさんと一緒になりました。のどかな旅だな~と思っていると、 翌朝早朝、男性客二人と車掌の人が、何やら大声で話し合っていました。よく揺れる早朝の車両の中、私には何ともアグレッシブで活力のある人々に思えました(その後列車がマラケシュに着くころには、騒ぎは収まっていたようでした)。

Img005 マラケシュ(Marrakesh)・旧市街(メディナあるいはカスバ)にあるジャマ・エル・フナ広場です。さっきNHKのテレビでもしていましたが、本当に夜中まで無数の屋台が開いていて、毎日お祭りをしているような雰囲気がありました(テレビを見る限り、今もやっているようです)。またいつか行ってみたいものです。料理はやはりクスクスが一番思い出に残っています。

 なお、この広場で、何と日本人旅行者二人と出会いました。一人は、エジプトから西進し、リビア、アルジェリアと北アフリカ一帯を旅してきたとのことでした。今も元気なんでしょうか。

Img019_1  マラケシュ駅です。モロッコも温暖で、常春といえば常春なんだと思いますが、思った以上に緑が多く、何でもアトラス山脈を越えるとサハラ砂漠が広がっているということでした(写真撮影時も雨でした)。


Img016  モロッコ・タンジェールからスペイン・アルへシラスへ帰る船から撮った写真です(遠くに写っている街並みタンジェールです)。私がアフリカ大陸へ足を踏み入れたのは後にも先にもこの一回きりです。

 アルへシラス・タンジェール間は高速船では70分程度だそうです。丁度徳島-和歌山、高松-宇野(岡山)、三崎(愛媛)-佐賀関(大分)間などの高速船と同じくらいでしょうか(今は皆さん橋を使うことが殆どかと思いますが)。このジブラルタル海峡に橋あるいはトンネルができる日がくるのでしょうか(英仏間のユーロトンネルの如く)。
 次回は、ヨーロッパに戻った後のポルトガル編です。

| | コメント (0) | トラックバック (1)

ジブラルタル海峡周辺-船旅の記憶(スペイン編)

Img001
 今から10年前、1997年に個人でスペイン・アルへシラス(Algeciras)から、モロッコ・タンジェール(Tanger)にフェリーで渡りました(戻りも同じ)。所要時間は約2時間半程度。写真の白い建物群と山はスペイン側です(船から見て写真の海は大西洋側です)。

Img004  英領ジブラルタル島(Gibraltar)の写真です。写真の海は船から見て地中海側です。船に乗ったのは、3月の復活祭(Easter)のころでした。地中海性気候のためか暖かくぽかぽかしていた記憶があります。帰りの船では、何と私と同様、一人旅のやや年配の日本人女性と出会いました。お元気でお過ごしでしょうか。



Img007 スペイン・マラガ(Malaga)の写真です。マラガは太陽の海岸(Costa del Sol)の中心都市。要塞跡アルカサバ(Alcazaba)から市街地と港を一望できます。地中海に面した伝統的な建造物と緑の多い、印象に残る街でした。



Img011 列車から撮影した写真です(スペイン・アンダルシア(Andalucia)地方周辺)。車窓から辺り一面広大な果樹園が広がっていました(オレンジやオリーブの栽培と思われます)。



Img010 これも列車から撮影した写真です(アルへシラスへ向かう途中)。停車駅から見渡せる統一された白壁と茶系の屋根が印象的で、写真に残すことにしました(映画を観ているような町並みでした)。



 スペインでは食べ物もおいしかったです(特にいかすみパスタ、パエリア、オレンジ等フルーツ)。また、いつか地中海を船で渡ってみたいと思いますが、今は1990年代ほど安全ではないかもしれません。皆さんもお出かけの際は、安全情報を十分ご確認下さい。

 次回は、モロッコ編をお送りします。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

This month's column 今月のコラム

Will English remain a leading language in the future?

English is being learned by so many non-native speakers of English and the number of them is likely to increase as there is an understanding that English language is valuable. This argument will hold water as long as English culture sinks in around the globe. English language is now a de facto standard in various spheres of human lives. Some may view this tendency as American or Anglo-Saxon hegemony, and yet, if there were no such a standard language as English at the moment, what other language would prevail? Chaos would probably spread across the world in communicating with different peoples, if English vanished right now. These days, some Japanese citizens concentrate only on getting high scores on English tests. They may be proud of not having experience in foreign countries. I appreciate their efforts to achieve their goals, but I’d recommend them to visit English-speaking countries and know the actual world. That way, more Japanese people will understand English culture plus language in the future. Focusing just on English exams within Japan is like living in a virtual world. Seeing is believing.

| | コメント (0) | トラックバック (0)

映画「眉山」あれこれ

 映画「眉山」が好評のようです。こんなに眉山が話題になるなら、東京・大阪時代や海外滞在中に知り合った友人に見せてやればよかった、などと思ったりしますが、今となっては後の祭り。でも、受講生の小学生や親戚の子が、踊り子などエキストラで参加したといった話を聞くとこちらも楽しくなります。みんな映画が好きなようです。
 出演者の中に徳島出身の俳優・女優がいないのは、やや残念ですが、宮本信子さんは先祖が徳島との記事を読みました。宮本信子さんと聞けば、やはり故伊丹十三氏の作品を思い出します。伊丹氏の出演作品は何本か観た気がしますが、その中でも「家族ゲーム」(森田芳光監督)は最も印象に残っています。特に、伊丹氏、故松田優作氏と宮川一朗太氏の掛け合い(またその背後にある社会的背景)は、今子供たちに接する上で、ヒントや示唆を与えてくれたような気がします(当教室では体罰は禁止していますが)。

 個人的には、「眉山」は夏の阿波踊りの前ぐらいに観に行けたらと思っています。5月の公開直後に観に行こうかと思いましたが、嫁がSpider-manがいいというので、Spider-man 3を観に行きました(今はPirates of the Caribbianを観たいと言っています)。

 8月の阿波踊り前(お盆前)の徳島は、他の地方にはない何か独特の雰囲気があるように思います。蒸し暑い中、街には阿波踊り用の無数の提灯が飾られ、また踊り見物用の桟敷が組まれ、何とも言えない祭り前の空気を醸し出します。またTVからは、広島・長崎の原爆慰霊祭のニュースが流れ、特攻隊や沖縄・硫黄島などの激戦の特集が毎年組まれます。近年は、再び甲子園が盛り上がっています。そして、帰省者や観光客は、徳島を目指して押し寄せます(私も以前は帰省者の一人でしたが)。

 温暖化の影響か、今年は例年にも増して暑い夏がやってきそうですが、当教室は阿波踊り期間中の8/12-15を除き、毎日開講しています。この時期に、特に英語を教えるのは、時として非常に複雑な気持ちになりますが、第2次大戦中、厳しい排斥の中、米軍に従軍しヨーロッパ戦線で戦果を挙げた日系2世の方たちのことを思うと、しっかり英語を伝えていかなければと思ったりもします。

 いずれにせよ、今年の阿波踊りは例年以上の人出になりそうですね。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

This month's column 今月のコラム

Which is safer to live in, Japan or the United Sates?

Both in Japan and America, security is one of the most important things that people should beef up for kids and teenagers. Japan has been deemed to be a safe area especially since the end of the World War II. And yet, recent incidents among the Japanese society have shown that people cannot unanimously agree on the safety of the Japanese society. If Japan follows the path of the United States in terms of social movement, the Japanese society may be becoming more dangerous than ever before. In a sense, Japan might be already more dangerous than the States, though.

Some people may say that violent video games are to blame for crimes committed by the younger generation. And others may mention that swords in Japan and guns in the States are responsible for savage attacks on innocent people. In any case, many people are trying to get back relatively safe communities in the past. One of the topics that must be considered is isolation in society. More and more youth are withdrawn these days in both Japan and the US. That type of isolation in their houses or apartments often goes with video games, PCs and/or the Internet. The so-called IT revolution has borne remarkable fruits so far, but it may have brought about a myriad of problems people have to grapple with. As long as the Internet goes around the world and people travel between Japan and America day by day, it is both the Japanese and American citizens including the younger generation that can make both the societies safer than ever.

| | コメント (0) | トラックバック (0)

今月のコラム This month's column

What do you want to do by learning and speaking English?

Cherry trees are in full bloom or their sprouts are turning green nationwide at this time of the year. April is the time when both the school year and the fiscal year commence in Japan. This is one of the best moments to appreciate living in Japan safely and peacefully. Then, what are you looking for through learning and speaking English now? Some may be hoping to measure up to the standard to pass the English exams or entrance exams for schools, and others may be seeking to make a great profit on their business or succor someone else in their jobs at any cost. If you are eager to master English, this season is the best to start a new way of study. It is prudent of any student to learn practical English as well as English grammar. I would recommend kicking off your English study that can be useful when you speak, listen, write, and read. It is rather futile to study only grammar without being able to speak English.

One of the benefits to speak English is that you can go on a journey to most of the capital or major cities across the globe. Nowadays, many of the city residents in any country speak English, so it is not so problematic even if you only talk in English in any large city around the world - of course, there are some exceptions in this case. If you are able to speak English, you do not have to be rich enough to hire a tour conductor or a translator for your travel. For instance, even if you do not have much money to purchase an expensive German car, you can take Mercedes Benz taxis at low fares in Berlin by speaking English. It would be better for you to exchange a few German greetings as courtesy, though. People there might know some Japanese words as well. At any rate, there will be a chance to put your English through its paces in the future. Let's work together throughout this year and know the world little by little.

| | コメント (0) | トラックバック (0)

今月のコラム This month's column

How to express yourself in English

What is a rudimentary thing for the Japanese citizens who have been raised in Japan when they speak in English? One thing is to show a positive, friendly attitude. In Japan, modesty in public places is necessary and is a cultural norm. Having a big mouth is presumptuous in most cases in Japan. Thus, when a Japanese talks in English, many people from other countries feel he/she is reticent or rueful due to his/her grim face. It is ture that every person needs to ask discreet questions when speaking to others, but taking a relaxed, casual attitude is also indispensable in English conversation.

So, how do you introduce your country, city, town, or village in English, for instance? If you live in Tokushima, you may put an emphasis on what Tokushima is like. You may say medicine and technology in Tokushima are so advanced not only in Japan, but in the world. Or, you might say Tokushima is just backward in everything and it only boasts beautiful nature or good vegetables, fruits, and meat. To be too complacent or too disparaging when you talk about your hometown is not favorable to other people, and still, a candid comment sometimes leads to being viewed as a lively character you have. English conversation is hard but sometimes amusing to the Japanese people.

| | コメント (0) | トラックバック (0)